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岩鼻まゆみが話した【廊下から観察していました。】という言葉について​

【親のいない時を見計らって行われた、残虐行為】

 

実際は、退院日であったにもかかわらず、若松医師が夕方までいないからという訳のわからない意味不明の理由で、小島は、以下のように言いました。

 

小島:「若松先生が本日は不在の為、今日は、絶対に退院ができません。」

 

私:「今日は、仕事納めですよ。会計が今日までですよ。今日、退院できないと、いつ退院できるんですか?もう、お正月休みですよ。」

 

小島:「1月4日ですね。」

 

私:「息子は健康なのに、お正月を病院で過ごせって言うんですか?」

 

結局、どうしても、この日は退院させないというので、仕方なく翌日退院という事になったのです。

 

なんだか意味不明な小島の話しに、苛立ちを感じましたし、退院を楽しみにしていた息子が可哀想でした。

 

しかし、頑なに他院出来ないと言い張る小島に、仕方なく、息子の退院を翌日(12月29日土曜日)に延期し、主人は仕事に向かいました。

 

しかし、主人が息子の病室を出た直後から、不在だったはずの若松太(はじめ)も含め、小島や若松や樋口ら4名があつまり、すぐに息子の頭にビニール袋を被せたのだそうです。

12月28日の仕事納めの忙しい日に、2名の医師。1名の看護師。1名の看護師長が息子の部屋に集まり、しかも、岩鼻は中に入らず、まるで見張りのように廊下に立ち、ドアについた小さな窓から中をのぞき、そして、息子の頭にビニール袋を被せる。という異常行為を見ていたのだそうです。

 

【息子の病室に、しっかりとあらわれていた若松太(はじめ)医師?】

不在だったはずの若松太が、主人が病室をでてから僅か30分ほどで息子の病室に来る事が出来るのであれば、息子は、この日の午前中、退院ができたはずでした。

それを、小島医師は、なぜ?

『若松医師は、夕方まで病院には来ません。』

という嘘を言ったのか?

今でも、この日の、退院延期が、何の為の?誰の為の?退院延期だったのか?全く、わかりません。

この日、退院していれば、息子は、頭にビニール袋を被せられるような恐ろしい行為をされる事も無く、翌日から予定していた大好きな温泉周りや京都で除夜の鐘を聞く事ができたはずでした。

何の為に親への断りなく、このような恐ろしい行為は、行われたのでしょうか?

そして、同様に、何の為に【観察(岩鼻の言葉】終了後、約10分で岩鼻婦長は、明日、退院のはずの息子について

『パジャマを、5.6枚持ってきて欲しい。』

と、母親に電話をしてきたのか?(勿論、この時、息子が植物人間状態になっていたから、長期入院になる。と考えたからに他なりません。)

なぜ、この電話の時、息子の頭にビニール袋を被せる。という異常行為を見ていたにもかかわらず、その事実を伝える事も無く、また、息子が、この時、既に植物人間状態になっていた事実について、母親に全く伝えなかったのか?

常識的に考えれば、その答えは、明確にわかります。なぜなら、それらは、ミスではなく計画的犯行だったからであり、岩鼻まゆみは共犯者だったからです。

岩鼻婦長は、息子が、植物人間状態になった後、看護記録に、医療に携わる人間とは、考えられないような内容の言葉を書いていました。

​医療カルテ記載の恐ろしい指令

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