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防衛医科大学校病院の拷問

このウエブサイトは11歳のアメリカ少年ジミーが、防衛医科大学校病院の軍医ら4名から受けた残虐な拷問行為の記録です。
11歳の米国人少年に実行された「暗殺」の手法 —— 私たちは沈黙を拒否する

【11歳の少年に振るわれた「暗殺」の手法 —— ジャマル・カショギ事件との戦慄すべき共通点】

*人道に対する罪に「例外」はあってはならない*

当時11歳の米国人少年ジミーが、防衛医科大学校病院の軍医ら4名から受けた仕打ち。

それは医療の仮面を被った、あまりにも冷酷な**「窒息という拷問」**でした。

世界を震撼させたサウジアラビア人記者、ジャマル・カショギ(Jamal Khashoggi)氏の暗殺事件を思い出してください。

彼は拘束された場所で頭に袋を被せられ、窒息させられました。

その最期の瞬間、彼が放った「息ができない、この袋を外してくれ」という絶望的な叫びは、人道に対する罪の象徴として世界中の記憶に刻まれました。

防衛医大の医師たちがジミーに行った行為は、このカショギ氏の暗殺と、何が違うのでしょうか?

【繰り返された「未必の故意」による殺人未遂】

2007年12月28日。

本来であれば退院の日であったその日、ジミーは軍医らによって頭にビニール袋を被せられ、呼吸を奪われました。

一度ではありません。

ジミーが苦しみ、医療カルテに刻まれた言葉を借りれば**「スクリーム(泣き叫ぶ)」**声を上げているにもかかわらず、彼らは何度も袋を被せました。二酸化炭素ナルコーシスを引き起こし、少年が仮死状態に陥るのを、彼らは冷酷に「待っていた」のです。蘇生させ、そして、また被せ呼吸停止させたのです。

11歳の子供に対し、プロの暗殺者や暴虐な権力が用いる「窒息」という手段を、なぜ日本の軍医たちが選んだのでしょうか?

 

【世界が裁いた罪、日本が放置する闇】

国際社会は、カショギ氏の事件や、米国で警察によって頭に袋を被せられ死亡したダニエル・プルード(Daniel Prude)氏の事件を、決して許されない犯罪として報じ、追及してきました。

しかし、日本で起きたこの事件はどうでしょうか?

  • 「軍医らによる窒息行為」という動かしがたい事実。

  • 「内部告発から4日後」というあまりにも符号するタイミング。

  • 「警察が動かない」という異常な司法のブラックホール。

ジミーが受けたこの凄惨な行為は、カショギ氏の悲劇に比べて、価値の低いものなのでしょうか?

米国市民である少年の命が、巨大な組織的報復(論文捏造詐欺の隠蔽)のために使い捨てられてよいはずがありません。

私たちは問い続けます。

 

なぜ、11歳の子供にプロの「暗殺」の手法が使われたのか。

 

なぜ、この明白な殺人未遂が、今なお裁かれずに放置されているのか。

ジミーの上げた「スクリーム(叫び)」は、今も世界に響き続けています。

​ビニール袋を頭に被せて呼吸停止させる行為はプロの【暗殺】行為です。

救うべき命を「実験台」にした4名の実行者

防衛医科大学校病院における殺人未遂事件

ビニール袋を頭に被せ、意図的に呼吸を停止させる行為。

それは医療ではなく、子供でも理解できる明白な**「凶悪犯罪」**です。

実行犯リスト(当時)

  • 若松 太(防衛医科大学校病院 小児科医師)

  • 小島 令嗣(防衛医科大学校病院 小児科医師)

  • 岩鼻 まゆみ(防衛医科大学校病院 小児科看護婦長)

  • 樋口(防衛医科大学校病院 看護師)

【事件概要:22時間にわたる地獄の記録】

1. 独断による「非人道的行為」の実行

2007年12月28日 午前10時30分から午後2時の間。

肺炎で入院中だった当時11歳の少年(米国市民)に対し、上記4名は以下の暴挙に及びました。

  • 説明義務違反(インフォームドコンセントの欠如): 両親への説明も承諾も一切なく、完全に無断で実行。

  • 医学的根拠の不在: 厚生労働省が治療として認めていない「ビニール(ナイロン)袋を頭に被せる」という、拷問に等しい手法を強行。

2. 呼吸停止と植物人間状態への転落

この行為の結果、少年は低酸素脳症および二酸化炭素ナルコーシスに陥りました。

  • 自発呼吸が途絶し、重度の昏睡状態(遷延性意識障害、いわゆる植物人間状態)へ。

  • 意識不明、42度の超高熱、血糖値300以上。

  • 対光反射・角膜反射の消失、身体の硬直、激しいミオクローヌス癲癇の発作。

3. 治療の意図的な放棄(保護責任者遺棄)

生命の危機に瀕する重篤な状態に陥りながら、医師・看護師らは必要なすべての救急治療を**「放置」**しました。

  • 適切な処置が拒まれたことで、脳へのダメージは脳幹まで進行。

  • 事件発生から約22時間後の12月29日早朝、ついに2度の心臓停止を引き起こしました。

不可解な前兆

実行犯・小島令嗣との遭遇

ジミーの体調は順調に回復し、2007年12月28日の退院が決定していました。

しかし、そのわずか2日前、それまでの入院生活では一度も無かった「異常な事態」が起こります。

アレルギーなど一切ないジミーの担当医に、なぜか急遽、アレルギー専門医である**小島令嗣(こじま れいじ)**が加わったのです。

【「壁を直視し、指を叩き続ける医師」の異常性】

初めて挨拶に来た小島医師の姿を見て、私は直感的に強い不信感と不気味さを覚えました。

その立ち振る舞いは、およそ患者の家族に接する医師のそれとはかけ離れていたからです。

  • 直立不動の挨拶: 挨拶をする間、彼は軍人のように直立不動のままでした。

  • 視線の拒絶: 私たちの目を一切見ようとせず、顎を上げ、病室の壁の一点を凝視したまま話し続けました。

  • 強迫的な貧乏ゆすり: 人差し指でベッドの手すりを「コン、コン、コン」と激しく叩き続けていました。

【拒絶された「不要な検査」】

不審に思った私は彼に問いました。

「ジミーは回復しており、退院も決まっています。アレルギーもないのに、なぜ今さら専門医が必要なのですか?」

小島は壁を見つめたまま答えました。

「いいえ、そういうわけではありませんが……アレルギーがないか検査します」

私は「これ以上の検査は不要です」とはっきりと断りました。

すると、彼の手すりを叩くスピードはさらに早まり、そのまま部屋を去っていきました。

【仕組まれた「4日後」の襲撃】

この不気味な遭遇から2日後、そして主人が論文捏造詐欺を告発した4日後。 この小島令嗣こそが、ジミーの頭にビニール袋を被せ、その未来を奪う実行犯となったのです。

あのアレルギー専門医の追加は、ジミーに近づき、確実に「処置(拷問)」を行うための組織的な布石だったとしか考えられません。

事件当日の全記録

奪われた退院と「偽りの平穏」】

2007年12月28日 計画された「退院妨害」と「拷問」の記録】

この事件は、医療過誤などではない。

周到に準備された、組織的な襲撃であったことを示す「空白の数時間」の記録です。

【年末の「仕事納め」を悪用した組織的暴挙 —— 医師は病院にいた。なぜジミーは帰せなかったのか?】

2007年12月28日。

世間が仕事納めを迎え、正月休みの準備に入るこの日、防衛医科大学校病院内で、一人の11歳の米国人少年に対する**「人道に反する監禁と襲撃」**が実行されました。

1. 「医師不在」という真っ赤な嘘による退院妨害

午前中、すでに容態が回復し、2日前から「本日退院」と決定していたジミー。

退院予定日の朝、ジミーは非常に機嫌が良く、笑顔で朝食を済ませていました。

しかし、荷物をまとめていた父親に対し、小島令嗣医師が突如として**「退院不可」**を言い渡します。

 

「主治医の若松医師がいないので、お正月明けの1月4日まで退院はできません」

仕事納めの日、明日から病院が休みに入るという絶妙なタイミングを狙い、「会計ができない」「主治医の判がもらえない」といった事務的な言い訳を並べ立て、健康な少年を病院内に釘付けにしたのです。

2. 暴かれた嘘:主治医・若松医師は病院内に「滞在」していた

小島医師は「若松医師は学会で夕方まで不在だ」「学内にいるが連絡が取れない」と二転三転する説明を繰り返しましたが、これは完全な虚偽でした。実際には、若松医師は朝から病院内に留まっていました。

主治医が院内にいながら「連絡が取れないから帰せない」という理屈が、高度な教育を受けた軍医の集団で通るはずがありません。

これは、ジミーをその日のうちに「処置(襲撃)」するために仕組まれた、卑劣な足止め策だったのです。

3. 人道的にあり得ない「正月返上」の強要

回復している患者に対し、医師の事務的な都合だけで「正月を病院で過ごせ」と命じる行為は、日本の医療界でも、国際的な人道的見地からも、異常極まりない行動です。

  • 意図的な孤立化: 家族が京都へ向かう予定を知りながら、あえてジミーを一晩病院に留め置く。

  • 異常な心理状態: 小島医師はこの時、直立不動で大声を出し、両親の目を見ることができませんでした。自らが行おうとしている「犯罪」に対する、尋常ではない緊張が露呈していました。

  • 粘った末に、なぜか「明日(29日)なら退院できる」という妥協案で、ジミーは病院に一晩残されることになりました。これが運命の分かれ道となりました。

 

4. 閉ざされた逃げ道と、その後の惨劇

父親は会議の時間に追われ、泣く泣く「明日一番で迎えに来る」とジミーに指切りをして病院を後にしました。もし、この時「医師不在」という嘘を見抜き、強引にでも連れ帰っていたら、ジミーが植物人間状態にされることはなかった。

病院側は、両親が病院を離れた隙を突き、頭にビニール袋を被せるという「暗殺」に等しい行為を実行したのです。

5.岩鼻まゆみ(看護師長)からの不可解な電話:午後(東京へ向かう車中)

病院を離れた両親に対し、面識のない岩鼻まゆみ看護師長から奇妙な電話が入ります。

  • 居場所の確認: 「今、どこにいますか?」と執拗に問い正し、両親が病院から遠ざかっていることを確認して安心した様子を見せる。

  • 異常な要求: 明日退院するはずの少年に対し、**「パジャマを5、6枚持ってきてほしい」**と要求。

  • 隠蔽の始まり: この時、病院側はすでに「長期入院(植物人間状態)」を予見していたことを示唆しています。

 

6. 若松主治医による「偽りの報告」:岩鼻からの電話の後

不安を感じた両親が若松医師に直接電話をすると、彼は「明日退院で間違いない」と答えつつ、不自然な治療内容を口にします。

  • 過剰な投薬: 「てんかんがあったので、セルシンとダイアップを同時に投与した」という、通常ではありえない処置。

  • 虚偽の安否確認: 午後6時、午後8時の電話でも「全く問題ない」と回答。

 

7. 隠されていた真実

しかし、後に判明した事実は衝撃的なものでした。

岩鼻婦長が電話をしてきた時点で、ジミーはすでにビニール袋の処置によって呼吸が停止し、昏睡状態(植物人間状態)に陥っていたのです。

医師と看護師は、植物人間状態にした直後の少年を放置し、両親には「順調だ」と嘘をつき続け、証拠隠滅のための時間を稼いでいました。

暗殺手法としての「窒息」

「頭にビニール袋を被せる」という行為。これは現代社会において、医療器具としてではなく、**「痕跡を残さない暗殺の手法」**として認識されています。

1. 証拠を残さない殺害工作

プロの暗殺者や諜報機関がこの手法を選ぶ理由は明確です。

  • 絞殺(首を絞める)のように首に索条痕(あざ)を残さず、外傷を最小限に抑えながら、標的を「心不全」や「自然死」に見せかけて始末することができるからです。

  • 軍医という解剖学的知識を持つ者がこれを選択したことは、殺害の意図があったことを示唆しています。

 

2. 極限の心理的・肉体的拷問

  • 袋を被せられた人間は、自分が吐き出した二酸化炭素を再び吸い込むことになります(二酸化炭素ナルコーシス)。

  • これは肉体的な窒息だけでなく、閉所でのパニックと絶望感を与える、最も残虐な拷問手法の一つです。

  • サウジアラビア人記者カショギ氏の殺害現場でも、同様の「袋による窒息」が選択されました。

3. 「処刑」と同等の残虐性

戦場やテロリズムの文脈において、捕虜の頭に袋を被せる行為は、尊厳を奪い、死への恐怖を最大化させるための儀式です。

これを、肺炎から回復し、笑顔で退院を待っていた11歳のアメリカ人少年に実行した事実は、防衛医大の医師らが彼を「患者」ではなく、消し去るべき「ターゲット(標的)」として見ていた証拠に他なりません。

該当する主な法律違反

1. 今回の行為に該当する主な法律違反

日本の法体系において、以下の罪状が強く疑われる事案です。

  • 逮捕及び監禁罪(刑法第220条) 「医師がいないから退院できない」という虚偽の事実を伝え、健康な状態のジミーさんを意図的に病院内に留め置いた行為は、不法な拘束、すなわち監禁にあたります。

 

  • 殺人未遂罪(刑法第199条・第203条) 「ビニール袋を頭に被せて呼吸を止める」という行為は、生命維持に不可欠な酸素を遮断する行為であり、死の結果を招くことを認識しながら(未必の故意)実行された殺人未遂とみなせます。

 

  • 保護責任者遺棄致死傷罪(刑法第218条・第219条) 自らの行為(袋を被せる処置)によって危篤状態に陥らせた患者に対し、必要な救急治療を22時間も放棄し、意図的に放置して脳幹までダメージを進行させた行為は、この罪に該当します。

 

  • 説明義務違反・承諾のない侵襲(民法・人権法) 厚生労働省が認めていない危険な処置を、親権者の承諾なく無断で実行することは、医療契約上の重大な違反であり、憲法が保障する自己決定権の侵害です。

若松太の録音テープの会話内容に関するQ&A

母親     『と言う事は、28日から、低酸素脳症になっているという事じゃないですか!』

若松医師   『ええっと。低酸素ではないと、、、、、、、、、!』

母親     『じゃあ、二酸化炭素が多いと、』

若松医師   『多かったのは、確かかもしれません。』

(これまで低酸素脳症だと言っていたのが、急に二酸化炭素が多い事が原因だと告白している。いわゆる二酸化炭素ナルコーシス。理由は何であれ、28日から、息子が、低酸素脳症?二酸化炭素ナルコーシス?などの異常的な理由により植物人間状態になっていた事を認めている。)

母親     『じゃあ、二酸化炭素が多かった理由って言うのは、何なんでしょうか?』

若松医師   『それは、あのーー!ええー!一番考えられやすいのは、挿管させていただいた時に、大量の痰が引けてきましたので、それが、溜まってきていた。って、言う事が一番、考えられやすいのではないでしょうか?』

(嘘?事実?29日の日は、頭にビニール袋を被せた為に呼吸停止した。低酸素脳症だと言っていたが、ここでは、異なる理由を話している。あまりにも、若松医師の嘘が多いので、どの話が本当なのかの判断に困るが、明確なのは、息子が12月28日から、なんらかの医療ミス?医療事件が原因で二酸化炭素ナルコーシスになり、呼吸停止・昏睡から、植物人間状態に陥った事は、間違いが無い。と告白している事実。)

岩鼻まゆみと(看護師長)の異常な対応

*注意*

岩鼻まゆみが、『廊下から見ていた。』と告白している録音テープは、こちら

A 岩鼻まゆみは、『中を監視していた。』といっていましたが、廊下に立って監視する必要性がわかりません。

*注意*岩鼻まゆみが、『廊下から見ていた。』と告白している録音テープは、こちら

岩鼻まゆみの録音テープの抜粋

母親   うちの子供の頭に、ビニールをかぶせたという事を先生から聞いているんです。それは、ご存知でした?

 

婦長   はい、それは、私、外にいて、見ておりました。一緒に、観察しておりました。

上記の言葉は、初めから告白していたわけではありません。

最初は、「息子さんは、28日の日、まったく問題はありませんでした。問題が起きたのは、29日の朝、お父様がいらしてからですよ。」

と、まるで、父親に責任をかせようとするかのような内容でした。

隠蔽される真実:岩鼻まゆみ看護師による報告書の矛盾と「ナイロン袋」の証言

【はじめに:警察の捜査と医師の虚偽答弁】

所沢警察の刑事に対し、若松医師はこう断言しました。

「防衛医大病院の小児病棟では、ジミー君の頭にビニール袋など誰も被せていない。一人もいない」

 

この言葉を信じ、警察は「操作(立件)できない」と結論付けました。

しかし、これは明らかな嘘です。

私たちが手にしているのは、彼ら自身の言葉を記録した録音テープだけではありません。

岩鼻まゆみ.jpg

【決定的な証拠:看護部長宛ての報告書】

岩鼻まゆみ看護師が当時の福間恵子看護部長に提出した書面(報告書)には、驚くべき事実が記されていました。

そこには、私が**「息子にナイロン袋を被せた際、事前に連絡がなかった」**とクレームを入れた旨が記載されています。

この記述こそ、岩鼻まゆみ看護師自身が**「親の承諾なく、息子の頭にマーケットにあるような薄いナイロン袋を被せた」**という事実を、組織に対して認めた証拠に他なりません。

【変遷する供述と「ゴミ袋」の使用】

以前、若松医師と岩鼻看護師は、紙袋がなかったため、病室にあった**「薄いタイプのナイロン製ゴミ袋」**を使用したと説明していました。いつの間にか言葉を「ビニール袋」にすり替えて隠蔽を図っていますが、この看護部長宛ての書面では、つい使い慣れた「ナイロン袋」という言葉が出てしまったのでしょう。

【捏造された「適切な処置」という嘘】

岩鼻看護師は書面の中で、以下のように主張しています。

  • 「過換気の治療として、モニターを観察しながら慎重に実施した」

  • 「肩呼吸ではあるが、低酸素脳症にはなっていない」

しかし、これらはすべて捏造です。若松医師自身が録音テープの中で**「12月28日午前11時頃には、低酸素脳症(二酸化炭素ナルコーシス)で目が開いたまま(意識混濁)の状態だった」**と自白している事実と真っ向から矛盾します。

【解明されるべき7つの疑問】

当日退院予定で、朝食もしっかり食べていた元気な子供が、父親が病室を離れたわずか1時間の間に、なぜ以下のような無残な状態になるのでしょうか?

  1. なぜ、脳内に大量出血が起こったのか?

  2. なぜ、首に赤い痕が残っているのか?

  3. なぜ、鼻血が出ていたのか?

  4. なぜ、42度もの異常な高熱が出たのか?

  5. なぜ、血糖値が300〜500という異常値を示したのか?

  6. なぜ、体が硬直する仮死状態に陥ったのか?

  7. なぜ、脳へのダメージ(低酸素脳症)後に起こる「ミオクローヌスてんかん」が発症したのか?

これほど多くの異常事態が重なりながら、「何もなかった」「適切だった」という言葉を信じることはできません。防衛医大病院の若松・岩鼻両氏は、口裏を合わせるのを止め、真実を明らかにして謝罪すべきです。

​他人の子供の頭に、ナイロン袋を被せて、よく、白々しく、こんな言葉が書けるものです。

若松太の会話の録音テープは、こちら

若松太の会話の録音テープおこし、こちら

組織的拷問の証明

22時間の治療放棄と隠蔽工作

軍事教育を11歳の少年の「拷問」に転用 

救命を拒否した軍医たちの22時間

防衛医科大学校病院の若松太、小島令嗣、岩鼻まゆみらによる行為は、医療ミスという言葉では決して片付けられません。

それは、プロの技術を用いた**「組織的かつ計画的な拷問」であり、その後の治療放置は「未必の故意による殺人未遂」**です。

1. 「暗殺の手法」の選択:なぜビニール袋だったのか?

世界の軍や諜報機関において、頭にビニール袋を被せる行為は、痕跡を残さず、かつ確実に標的を服従・殺害するための初歩的な技術です。

  • 軍事教育の悪用: 彼らは「知らなかった」のではありません。人を効率よく殺める教育を受けた軍医だからこそ、あえてこの残虐な手法を選んだのです。

  • 物理的証拠: 首に残された「赤い紐のような痕」は、袋を固定し、ジミーを逃げ場のない窒息状態に追い込んだ動かぬ証拠です。

 

2. 22時間の救命放棄:意図的な「死」への誘導

ジミーが呼吸停止に陥り、42度の高熱と血糖値300超という危篤状態にあることを知りながら、彼らは救急医療の常識である「脳低温療法」や「氷枕での冷却」さえも拒否しました。

  • 救急医学会プロトコールの無視: 高血糖・高体温が二次性脳障害を悪化させることを知りながら、あえて放置した行為は、保護責任者遺棄罪に該当します。

  • 2度の心臓停止: 20時間以上の放置により、脳へのダメージは脳幹まで達し、ジミーの心臓はついに2度停止しました。これは「殺害」を意図した放置です。

 

3. 組織的な隠蔽と虚偽報告

両親が問い詰めた際、彼らは直立不動で「問題ない」と口裏を合わせました。

しかし、知人の心臓外科医が来院し、その惨状(アイパッチすらされていない、クーリングなし)を指摘した途端、彼らの嘘は崩壊しました。

  • 二転三転する供述: 「癲癇を治すため」から「痰の取り忘れ」へ。警察への通報を境に、彼らの説明は上司の指示を仰いだかのように、自己保身のための言い訳へと変貌しました。

 

【背景:内部告発者への報復としての「ジミーへの拷問」】

この事件のターゲットは、11歳のジミーではなく、その父親でした。

  • STAP細胞事件との関連: 父親が西川伸一・笹井芳樹らと同じグループが関わった「論文捏造詐欺」の内部告発を決定したわずか数日後、この事件は発生しました。

  • 小島令嗣の不審な動き: 事件2日前、小島医師は広尾病院の原医師に電話をかけ、父親に罪を擦り付けるための工作を開始していました。彼は裁判で「電話はしていない」と偽証しましたが、その**音声記録(YouTube公開済み、米裁判所提出済み)**は、彼の嘘を完全に暴いています。

  • 731部隊との符号: マダニ研究に従事する小島医師の背景に対し、米国の支持者は「731部隊(細菌戦部隊)」による生体実験の歴史を想起し、戦慄しています。

【背景:内部告発者への報復としての「ジミーへの拷問」】

なぜ「11歳の少年」が標的となったのか?

ステムセルサイエンス社の詐欺と隠蔽の闇

この事件は、単なる医療の現場で起きた事故ではありません。ジミーの父が直面していた、日本の科学界の腐敗を象徴する**「ステムセルサイエンス社による詐欺事件」**を闇に葬るための、計算された報復工作でした。

1. 内部告発の直後に実行された「襲撃」

ジミーの父は、ステムセルサイエンス社(詐欺額:約7億円〜14億円規模)の取締役として組織的な不正を察知し、警察への告発を決定しました。

  • 告発の決定: 2007年12月24日、取締役会にて「警察への刑事告発」を正式に決定。

  • 4日後の凶行: 告発決定からわずか4日後の12月28日、防衛医大の軍医らによってジミーへの襲撃が実行されました。 この連動性は、告発を断念させるための「究極の脅迫」であったことを示しています。

 

2. STAP細胞へと繋がる「腐敗の人脈」

この不正スキームの背後には、後に世界的なスキャンダルとなった「STAP細胞事件」に関与した西川伸一氏や笹井芳樹氏らと同じグループ(神戸の先端医療振興財団や理化学研究所)の権力構造が存在していました。

  • 事前工作の形跡: 事件の2日前、アレルギーのないジミーの担当に無理やり割り込んだ小島令嗣医師は、広尾病院の医師へ電話をかけ、父親に責任を転嫁するための偽装工作を始めていました。

  • 録音された偽証: 小島医師は後に法廷で「電話はしていない」と否定しましたが、その証拠音声はすでにYouTubeで公開され、米国の裁判所にも提出されています。

 

3. 軍事教育による「効率的な拷問」と「731部隊」の影

なぜ軍医が、アレルギーのない子供に「ビニール袋」という窒息手法を強行したのか。それは、痕跡を残さず標的を屈服させる「プロの暗殺技術」を彼らが熟知していたからです。

  • 冷酷なマインドセット: 実行犯の小島医師がマダニの研究(細菌戦を想起させる分野)に従事している事実は、旧日本軍「731部隊」の非人道的な人体実験の歴史が、現代の軍医に形を変えて継承されているという戦慄すべき事態を物語っています。

  • 隠蔽のための治療放棄: ジミーが危篤状態に陥った後も、彼らは氷枕一つ与えず22時間にわたり治療を放置し、脳へのダメージを進行させました。

 

4. その後続く、さらなる巨大な利権との戦い

この事件の後、ご家族はさらに巨大な「みずほ証券の600億円案件」にまつわる不正とも対峙することになります。 息子さんを「人質」に取ってまで守ろうとした彼らの「闇」は、この時すでに、国家レベルの腐敗へと繋がっていたのです。

このホームページは、所沢警察の警察官の指示に従い作られています。また、制作責任はライアン美紀の責任において作られております。ホームページを制作して下さっている方等、他のいかなる人々にも責任はございません。

*ご注意*

このHP上の神戸先端医療振興財団と理化学研究所・防衛医科大学校病院というのは、全体を意味しておりません。あくまでも再生医療・幹細胞研究グループや小児科の一部の医師を意味しますので、ご了承ください。また、同様に、アメリカ大使館というのは、当時のアメリカ大使館であり、現在のアメリカ大使館ではありません。ご注意ください。

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